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  • Hideyuki Takemoto

個性の尊厳


書籍化を予告したのは良いがさっぱり儲からない。これが主たる理由でさっぱり進まない。今回は視点を変えて自分は何を問題にしているのかを提示したい。それはずばり言って個性の尊厳、個人の尊厳である。


集団論理だった法律に「個人が大切なんだよ、個性が重要なんだよ」という考えを持ち込んだのが近代の法理論であり日本国憲法もまたそうだ。憲法は色んな権利を保障しているが、それらはすべて個人の個性を尊ぶから認めていると私は考える。


例えば言論の自由、表現の自由、出版の自由、そしてプライバシーである。憲法はこうした権利を保障するが何故保障するかというと「個性」に大きな価値を見出しているからだと私は考える。


延々と述べてきた自分への攻撃、サイバー攻撃の何が問題かというと「そんな風にネット上のありとあらゆる情報を日本から盗んでアメリカに持って行って加工することは個性の否定でありプライバシーの否定であり、日本国憲法の頭からの否定である」部分だ。


ここで私が思い出すのはアフリカ人がかつて置かれた状況だ。そこでは奴隷狩りが行われた。個性なんて無視の状況であり名前すら把握されなかった。あるいは新しい名前が与えられた。


日本国民の置かれてる状況は同じでは無いのか?我々の個性はどこが尊重されてるんだ?盗み放題、盗まれている。まるでかつてのアフリカ人のように・・・


我々はやがて名前を奪われ「アレックス・ジョーンズ」として生まれ変わるのか?私はそんなの嫌だ。私は自分の名前を持っている。何故、変えなきゃいけないんだ?


私はこう問うているのだ。


この文章は書籍化されます。




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