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  • Hideyuki Takemoto

松本清張と不肖の弟子


朝日の社員だったために意外なひとが先輩にいる。例えば夏目漱石である。漱石は東大を辞めて朝日の社員となり、名作の数々を紙面で発表した。その小説が話題になり朝日の部数は大変に伸びた。嘘みたいだが本当の話だ。功績が認められ夏目家に多くの朝日の株が譲渡されたというのは事実だ。朝日の社内にも「漱石の孫」がいた。天才の孫が少し知的に欠けるひとなのは興味深かった。


松本清張氏も先輩だ。私は編集局にいたことはない。広告局だけだ。私が朝日の広告局にいた1980年代、まだ松本清張とデスクを並べて仕事をしたというひとはたくさんいた。


松本清張は色んな意味で先輩であり模範だった。彼の遺言にはこう書かれていたという。


引用


「長い間、皆に世話になった。わがままを言ってすまない。 自分は努力だけはしてきた。それは努力が 好きだったからだ。思うように成果はなかったけれど、 八十歳になってもなお働くことができたのは有り難い…」

                          小説家 松本清張(1909~1992)


自分はこの言葉が好きだ。何故なら自分も努力のひとだからだ。例えばアフリカ音楽のリズム練習だ。自分はもう40年をこえて毎日やっている。最近はお気に入りのコンゴ音楽をかけながらギター・パートをあわせて弾いてみる。


40年をこえて練習しながら決してうまくならない。自分は音楽に向いていないのかも知れない。だが毎日、寝る前に「今日も練習した。明日はきっと今日よりうまく演奏できるに違いない」と考える。


それが呪いのように効いて自分を眠らす。そうした繰り返しを40年やってきてダメなんだから諦めれば良いものを続ける。


それは努力が好きだからだ。






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