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  • Hideyuki Takemoto

SFへの幻滅と現状



思い出したが昔、SFのファンだった。ファンタジーも好きでクトウルー神話シリーズも愛読した。したと思う。なんせ1970年代の話であり、すべて英語でつまり洋書で読んだからだ。読んだような気がする。読んだに違いない。


何故、自分は今、それらに興味を無くしたのだろう?これは興味深い考察だ。何故なら当時、聞いていた音楽、ほとんどはモダンなアフリカ音楽は今も好きであり楽器も練習しており、音楽に関するかぎり何ら変化が見られないからだ。


理由は説明できないが自分が興味を失ったのは事実だ。だがクトウルー神話だけは何故か微妙に生き延びており「窓が、窓が」とか急にフレーズが浮かぶ。


要するに自分はビッグ・サイエンスが好きだった。予算がついた巨大科学を愛していたとも言える。今は懐疑的だ。今はビッグ・サイエンスが本当に必要かどうかを見直すべきだと考えている。


インターネットが典型的な例だが、ある種のものは善であり普及するのは良いことだった。世間も自分もそう信じていた。今は自分は信じてない。今はむしろ郵便とかアナログが生き延びていて良かったと思う。


自分の主張してる「すべてのデジタル情報は盗まれており、証券口座のなかで持つポジションすら盗まれ解析されている」はどうやってるのか説明するのが大変に難しい。だが毎日「それ」を示唆することがおきるのだから方法を考えざるを得ない。


1つはCPUのマイクロ命令レベルで何かの「バグ」が組み込まれており、そこをつくとmacでもウインドウズでも簡単に落ちるというものだ。似たようなものでは隠しコマンドが存在し、これを相手にかけるとPCが簡単に乗っ取れるというものだ。


ともかく自分に言えるのは「どうやってるのかはわからないが毎日、自分の情報が盗まれるのだから何かの方策があるのだろう」というものだ。自分はわからないことは認めてるので代わりに証拠となりうる画像ファイルは豊富に提供している。 


自分は今、思うのだ: 巨大科学を信奉するのは良いがその落とし穴も同じだけの熱意で研究されるべきだ。何故なら巨大科学が悪用されたとき、それは今の日本なのだが、その結果は陰惨だからだ。


この文章は書籍化されます。

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